大阪地方裁判所 昭和43年(ワ)7367号 判決
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〔判決理由〕一、逸失利益
原告は昭和四一年六月一〇日父の後継者として高野山真言宗派増福院の住職となり、宗教活動に従事してきた。増福院は事故前から手伝僧として高見法喜が来ていたが、事故後現在まで原告が宗教活動ができず、代僧として香川勝俊が来ており、高野山大学の大学院生である原告の弟義秀も時々手伝つている有様である。
原告の事故前の収入は宗教法人である増福院からの給料を月額五六、〇〇〇円として税務申告している。増福院として事故三か前の収入はお布施など約合計四八一、六〇〇円(月額平均一六〇、五三三三円)で、同期間の支出は別紙計算書のとおりである。<証拠略>
原告の収入としては、建前として寺からの給料であるが、一般に住職の生活費と寺の支出とが区別されることが小さな寺ではむつかしく、(被告会社代表者本人尋問の結果)そのため住職は寺の費用で生活費の一部を支出している結果となるため、給料額以上の生活をして、実質的な収入は給料を上回ることとなつている。従つて小寺院の住職については法人成りした小企業主の場合と同様に収入を考える必要がある。もつとも、法人としての損害があるとすれば、これをそのまま企業主や住職の損害と認めることはできない。つまり寺の損害すなわち住職の損害ではない。もしこれを認めるとすれば、法人格を付与しておきながら、実態が小規模なるが故に否認しなければならない矛盾をまねくからである。(いわゆる法人格否認の法理は例外的な場合であり、常に働くものでない。)
そこで本件についてみるに寺の収入自体が、どの程度減つたものか不明であり、代僧に支払う金額も明らかではない。ただ住職である原告が宗教活動をしていないので、代僧がいても、寺の減収は避けられず、ひいては原告の収入に影響してくることは当然予測され、住職の地位からみて、少くとも、原告の給料相当額は減収となつたものと認められる。もつとも第一回原告本人尋問の結果によると、原告は給料分を寺から毎月支払をうけていることが認められるが、これは立替金として受領しているものと認めるべきである。
なお第一回原告本人尋問結果によると、原告の宗教活動によつてお布施などの収入が寺の収入となり、代僧が受領したお布施は代僧の収入となり、原告が休業すれば寺への収入は皆無となり、借金によりまかなつている旨述べている。これは受傷後しばらくの間は寺への収入がと絶えるかもしれないが、長期にわたり収入が皆無となれば、寺の恒常的経費や原告に対する給料相当額を支出することは困難であろう。借財によるとしても相当高額となり、これを明確に認めうる証拠もない。従つてたやすく右の点を信用することはできない。
(1) 休業損 41、12〜43、11二四か月間五六、〇〇〇円×二四=一、三四四、〇〇〇円
(2) 将来損 計一、三九五、一二八円43、12〜45、11 二年間、月別累計ホフマン係数。
56,000円×22.82=1,277,920円
45、12〜47、4 一年五か月
昭和四五年一二月ごろ症状固定したものと認め、前記後遺障害等級(一二級)から一四%程度の労働能力に影響があるものとみなし(労基局長通牒、労働能力喪失率表参照)算出。
56,000円×0.14×(37.77―22.82)=117,208円
二、過失相殺について、
(一) 本件事故について原告の過失
<証拠>によると、原告車、事故車ともに車の流れに従つて時速五五ないし六〇キロメートルの速度で進行し、事故車は先行する原告車と車間距離を一〇ないし一二メートル取つて走行していたこと、原告車の左側に同方向に進行するトラックがあり、同車が横断歩道の手前で先に停止したので、原告は横断歩道上に横断者が通過するものと考え、ブレーキをかけ、かなりゆるやかな速度になつてから、若干進行していて、停止したこと、そのとき被告大月は約六メートル先にゆつくり進行する原告車に気づき、急制動をかけたが停止した原告車との距離はすでに約四メートルとなつていて、追突するに至つたこと、原告車は前方へ約七、八メートルに押し出されたことがそれぞれ認められる。右事実によると、原告車が急停止したものでもなく、その左側のトラックもほぼ同時に停止したのであるから、被告大月の一方的過失であつて、事故について原告に過失は認められない。なお原告に後方確認のうえ安全運転をなすべき義務を認めるべき場合ではなく、またそのような余裕があつたとも考えられない。
(二) 治療経過中の原告の過失
前記二の治療経過事実によれば、原告の治療は約四年になり、かなり長期に及んでいる。被告らは原告の症状が治ゆしないのは手術を拒否したことによるものであると反論する。この点について証人桐田の証言によると、原告は国立京都病院の石田医師の紹介で整形外科の専門医である天理病院の桐田医師の診断をうけるようになり、桐田医師は京都病院での治療状況と照して、手術によつて治療すれば完治しうると認めたこと、同医師がこれまで自ら行つたバレーリュー症候群患者の前方固定術は三一例に及び、そのうち二九例が完治し、二例は損害賠償問題が解決しないために若干の愁訴があり通院が長くなつたこと、この手術はむつかしいもので、限られた専門医が行つているが、生命の危険が伴なうものでないこと、手術には通常入院二か月、通院二か月程度を要することがそれぞれ認められる。原告が天理病院において診断をうけた際には、受傷からすでに一年余を経過し、入院も四か月余に及んだ後である。桐田医師が残された効果的な方法として手術をすすめ、これまでの経験から完治すると断定されたのであるから、被告らの反論はもつともである。医師が手術をする場合、原則として患者の同意を要するから、原告についても手術をするかしないかは原告の意思による。しかし原告が治療に対して可能なかぎり適切な方法と努力を要し、損害の発生を抑止することにつとめる必要のあることはいうまでもない。手術を強要することは避けねばならないが、原告の場合経験のある専門医の助言により、一度は承諾して、そのために九日間入院し、前記二認定のとおり被告側でも採血などを了し、真しな協力をしている。もつとも第一回原告本人尋問の結果によると、原告が手術をうけるのに、失敗の場合を考え被告会社に対して二、〇〇〇万円の保証金を積むことを要求し、これが容れられなかつたことと、輪血に伴う血清肝炎の心配のため手術をやめたことが認められ、患者の気持としてある程度理解できるが、この場合前記諸事情を考え合せると、専門医の意見に従うべきであろう。
ところで、いわゆるむち損傷で手術による治療が行われることは割合少なく、行われたもので症状が軽快治ゆした者もあれば、効果のなかつた者のあることも当裁判所に顕著な事実である。原告の場合一〇〇%確実に治ゆしうると断定することは、困難であろう。だが前記のとおり手術によつて治ゆしうる蓋然性も高いので、これら諸事情を勘案して、原告が手術をうけ治ゆ見込と予測される後の昭和四三年七月以降の損害額(ただし実費である治療費は除く)について六割の減額をするのが相当である。なおこの減額については、原告に損害抑止に積極的に協力しなかつた点に過失相殺の事情を認めたのであるが、かりに原告に手術をうけるか否かの自由を強調し民法七二二条にいう過失相殺の対象とならないとしても、損害額の衡平化を考慮して、原告に生じた損害のうち、前記認定の限定した範囲が被告らに負担させてしかるべき相当性のある損害であると認めることもできる。 (藤本清)